拓海広志「旅道具としてのカヤック」
僕が初めてカヤックを買ったのは今から30年ほど前の学生時代のことで、最初に手に入れたのはフジタカヌー製のファルトボート(折畳み式のカヤック)でした。当時はアウトドア関係の店でもカヤックを扱っているところは少なく、京都の藤田清さん(フジタカヌー社長)宅を訪ねて同氏から直接艇を購入し、神戸まで担いで帰ったことをおぼえています。
僕は学生時代に日本の全都道府県を旅して回ったのですが、その際にカヤックは貴重な旅道具でした。特に川旅にカヤックは欠かせず、釧路川、十勝川、北上川、最上川、犀川〜信濃川、魚野川、多摩川、大井川、天竜川、木曽川、長良川、由良川、保津川、木津川〜淀川、武庫川、北山川〜熊野川、十津川、小川〜古座川、吉野川(関西)、江の川、加古川、旭川、円山川、大田川、高梁川、吉井川、吉野川(四国)、仁淀川、四万十川、筑後川、球磨川など、実に多くの川をカヤックで旅しました。
川をカヤックで下っていると視線が低くなることもあって、普段岸から川を眺めていると気がつかなかった様々な風景が見えてきます。川の生き物たちの姿、川辺で暮らす人たちの様子、特に今もなお漁を営んでいる川漁師と出会うと嬉しくなってきます。山国の日本において、かつて川が道として重要な役割を果たしてきたことは誰もが知っていますが、そうしたことも実際に川を舟で下ってみて初めて実感できるものです。
夕方河原にテントを張り、お酒やコーヒーを飲みながら焚火の炎を眺めるのは至福の時です。海の波と焚火の炎をいつまで眺めていても飽くことがないのが僕です。だから、一人旅のときは勿論ですが、気の合う仲間たちと一緒にいても、炎を見つめているときは無口になります。そして、炎の向こうを流れる川のせせらぎと、吹く風の声に耳を澄ますのです。
その後、僕はシーカヤックを手に入れて、今度は海の旅を楽しむようになりました。淡路島周航、琵琶湖周航、越佐海峡横断(新潟の寺泊〜佐渡の赤泊)をはじめ、色々な海や湖でシーカヤックを漕ぎましたが、そんな中で多くの海の先達と巡り会いました。ファルトボートで日本一周した吉岡嶺二さん、台湾から鹿児島まで漕いだ佐藤一男さん、国際海峡倶楽部を組織して対馬から釜山まで漕いだ阿部年雄さん、世界子供冒険倶楽部を組織してナホトカから新潟まで漕いだ土方幹夫さんなどがそうで、僕はこうした人たちから海について多くのことを教わりました。
ヨットやエンジン付きの船で海に出るのと違って、小さなカヤックで大海原に乗り出すのはちょっとした勇気がいります。しかし、自分の腕だけで海を渡っているという気分は爽快です。かつて縄文の民は黒曜石を運ぶために丸木舟で海を渡ったわけですが、そうした先人たちの航海に思いを寄せながらシーカヤックを漕ぐのも愉しいものでしょう。
かつて僕がミクロネシアのヤップ〜パラオ間の石貨交易航海再現プロジェクトを実行していた頃、『宇宙船とカヌー』の著者ケネス・ブラウワーさんから激励の手紙をいただきました。その中に「小さなカヤックやカヌーで海に乗り出し、旅をしていると、舟を通して宇宙との一体感が得られる」という文がありましたが、この感覚は僕にもあります。だから、僕にとってカヤックはスポーツ用品ではなく、大切な旅道具なのです。
(無断での転載・引用はご遠慮ください)
【西ジャワのジャティルフル湖にて。上から順番に、①名著『日本の川を旅する』を書かれたエッセイストの野田知佑さん(野田さんが乗っているのは僕の艇)、②日本のカヤッカーの草分け的存在・服部幹雄さんとお嬢さん、③僕、④野田知佑さんらと共に】
【伊豆大島にて。ニュージーランドのシーカヤックガイド・高橋リュウさん、東京海洋大学のカヤッカー・糸井孔帥さん、立教大学教師の加藤晃生さんらと・・・】
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