拓海広志「あるギターリサイタルの話」


 長きにわたって癌との闘病生活を送ってきた元船員の料理人で、ギタリストでもある友人の是川均之さんが神戸市垂水のレストランを借り切り、家族や親族と親しい仲間たちを集めてリサイタルを開くというので駆けつけた。


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 癌を発病するまで、是川さんは垂水漁港の近くで「ルパン3世」という居酒屋をやっており、僕はその常連の一人だった。数人の仲間を連れていくと一杯になってしまうような小さな店だったが、ルパンこと是川さんの作る料理は何でも旨かった。そして、ルパン氏の弾くギターに合わせて海の歌を歌いながら、皆で海や音楽について語り合える、とてもSaltyで(塩気のある)いい雰囲気の店だった。もう、こんな素敵な店にはなかなか出会えない。


 ポップスやシャンソン、ジャズ、演歌、懐メロ、童謡など、お得意のレパートリー曲を奏で続けるルパン氏の様子を見ているうちに、かつて「ルパン3世」で仲間たちと共に盛り上がった夜や、是川さんと二人だけでカウンター越しに語り合いながら静かに飲んだ夜などが思い出され、目頭が熱くなってきた。そして、ルパン氏に促され、僕も加山雄三さんの曲『旅人よ』や『You are my Sunshine』を彼のギターに合わせて歌った。


 最初に癌が見つかった喉頭部を切除してしまったため、是川さんは筆談でしか他人に意思を伝えられないのだが、ギターを弾いているときのルパン氏は伸び伸びとしていて、心の底から楽しそうだった。そして、そのひと時を本当にいとおしむようにギターを弾いていたのが印象的だった。家族や仲間のことを心から大切にする是川さんの人柄と思いが伝わってくる、素晴らしい演奏、素晴らしいリサイタルになったと思う。


 会場には作家の高嶋哲夫さんもおみえになっていたが、リサイタル後には是川さんのお誘いを受けて二人でそのお宅にお邪魔した。明石海峡を見下ろす丘の上にある是川邸へはこれまでにも何度かお招きいただいたことがあるのだが、この日も是川さんは大きな鉄板を出してきて美味しいお好み焼きを焼いてくださった。「放射線治療のせいで味覚を失ったが、調味料の加減については身体で覚えているからまだ料理ができるんだ」と是川さんは筆談で語った。


 是川さん曰く、「家族がいて、仲間がいる。それは人生において一番大切なことだ。その大切な人たちのために料理を作り、ギターを奏でることができる。それはとても幸せなことで、僕にはそれがあるから、こうして元気な気持ちで生きていけるんだ」・・・。とても素敵な言葉だろう。僕も彼に負けぬよう、日々を精一杯生きて生きたいと思った。ルパン氏がもっと元気になり、大勢の仲間を集めてまたリサイタルが開ける日が来ることを望んでやまない。


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