拓海広志「『さんせう太夫考』に寄せて」

 ごく教科書的な言い方をすると、説経とは経文の意味を説くための仏教説話ということになります。しかし、「さんせう太夫」「しんとく丸」「小栗判官」「かるかや」「愛護の若」といった中世の代表的な説経に共通しているのは、それを語りながら旅暮らしを続けていた漂泊民たちと、彼らを支配し、差別する人たちとの間にあった対立の根の深さについての執拗なまでの表現です。


 説経物語の主人公となるのは漂泊の民を代表する人物です。絶望的な境遇に置かれた主人公たちが堕ちるところまで堕ち、正に死の恐怖に直面したときに物語は大きな転回点を迎え、彼らは劇的な再生を果たします。絶望的な状況から解放された主人公たちは、「さんせう太夫」に見られるように、それまで彼らを支配し、差別していた人たちへの復讐を遂げることもあります。でも、だからと言って彼らが支配層のする定住生活を安易には全肯定しません。


 本書は前記した五つの説経を題材として中世の漂泊民たちの精神史に迫った力作で、著者の岩崎武夫さんが抱いていた「民衆的な生活の豊かさと多様性、常に未来的なものを見失わぬエネルギーの発見」への情熱は強く読者の心に響いてきます。


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さんせう太夫考 続 説経浄瑠璃の世界 (平凡社選書 56)

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