拓海広志「『蔵人(クロード)』に寄せて」

 20数年来の我が愛読誌『ビッグコミックオリジナル』にこの作品の連載が始まり、しばらくは「どうなることか」と固唾を呑んで見守っていました。と言うのも、僕には尾瀬あきらさんの名作『夏子の酒』を読んで大いに感動した過去があるので、再び酒造りを主題にした作品で前作同様に酔えるだろうかと思ったからです。


 しかし、その心配は杞憂でした。出雲の酒蔵で日本酒造りに挑む日系3世のアメリカ人男性クロードを軸に、母親と共に居酒屋を経営する女性・せつ、クロードの親友で酒造家の若専務・宏、こだわりの酒屋店主・安本、そして戦前に生酛にこだわり酒を造っていた老杜氏・正司、その息子で米作りに丹精を込める勝弘など、出揃った役者たちがうまく絡み合い始めて俄然物語が面白くなってきたのです。


 『蔵人』も『夏子の酒』と同様に、お酒を「作る」「売る」「供す」ことや、その原料となる米を作ることに対して、真摯なこだわりと深い愛情を持つ個性的な人たちがぶつかり合い、互いを高め合い、そして支え合って生きていくという展開になっています。そこには労働の喜びや、自然との関わりの荘厳さ、人間同士のつながりの素晴らしさなど、僕たちの人生において最も基本的で重要なことがストレートに描かれています。


 でも雰囲気が重くならないのは、尾瀬さんの描く人物や風景の絵の線が柔らかいことと、頑張り屋でとても魅力的だけど、どこかズッコケたところのある爽やかな女性・せつの存在があるからでしょう。こういう作品を読むと、また美味しいお酒が飲みたくなってくるから困りものです(笑)。連載中の作品は評価するのが難しいのでレビューは書かないつもりだったのですが、今回は作品へのエールのつもりで書かせていただきました。


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