拓海広志「『薬物依存を越えて』に寄せて」
以前『薬物依存を越えて』の著者・近藤恒夫さんを西宮にお招きして講演をしていただいたことがあるのですが、その際に近藤さんがおっしゃっていた「政府広報は『覚醒剤をやめますか? それとも人間をやめますか?』なんて言うけど、実のところ覚醒剤をやるのは人間だけなんですよね」という言葉がとても印象に残っています。
近藤さんはかつて覚醒剤中毒で人生の地獄を見た後、周囲の人たちの助けを借りながらそこから脱した体験を持つ人です。そして、自らの経験を元に薬物依存者の回復のための民間リハビリ施設ダルク(DARC:ドラッグ・アディクション・リハビリテーション・センター)を立ち上げ、数多くの薬物依存者の回復に尽くしてきました。
本書は近藤さん自身とダルクの歩みを綴ったものなのですが、これを読むと薬物依存は特別な人にだけ起こるものではなく、程度に多少の差があっても誰にでも起こりうる依存症の一種で、とても身近な病であることがわかります。それだけに、これは多くの人に読まれるべき本だと思います。
人生には依存すべき時ともの、依存してはいけない時とものがありますが、前者に対して及び腰となりながら、後者にはまってしまった状態が病的依存です。病的依存の対象となりうるのは麻薬や薬、アルコール、ニコチン、カフェイン、砂糖、ギャンブル、宗教、虚言、虐待、異性、恋愛、セックス、仕事、自傷、過食、競争、喧嘩、お金、買い物、おしゃべり、電話、テレビ、ゲームなど様々で、薬物依存の人はその対象がたまたま薬物だったに過ぎません。
その他の依存症に比べると薬物依存に対しては世間の強い偏見がありますが、現実には日本でも中高生や主婦などごく普通の人々の間に薬物依存は拡がっていると言われています。そうした状況下において、依存症全般に対する正しい認識を持つことと、薬物依存者の回復を支援する場を確立することは急務で、ダルクのような組織の重要性は高いと思います。
近藤さんの言葉に「昨日のことはヒストリー。明日のことはミステリー。今日という日はギフト。だから、Just for Today(今日一日)」というものがあります。また、近藤さんに言わせると、依存症になる人の多くは「(社会、家族など)何々のため」という大義名分、言い訳を掲げがちで、肝心の自分がしばしばお留守になっているそうです。「今日=自分へのギフト」と考え、自分のためにそれをちゃんと享受しようとすることが、依存症からの脱却には必要なのでしょうね。
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