拓海広志「『地下鉄に乗って』に寄せて」
浅田次郎さんの原作を読んでから観た映画ですが、原作に負けない、なかなか味のある作品に仕上がっていたと思います。
強権的なエゴイストである父を憎んで家を飛び出した男は、自分の中に父の性質と相通ずるものがあることを薄々感じつつも、それを否定しながら日々を送っていました。
そんな彼がひょんなことから過去にタイムトリップして、父が送ってきた激動の半生を目撃し、母や死んだ兄の真実についても知ることになります。
これは男が遠い存在であり続けた父のことを理解して受け入れ、やがて自分の中の父とも和解していくために必要な魂の旅だったのでしょう。
しかし、男と一緒にタイムトリップをする破目になったその彼女にとっては、自らの出生の秘密を、そして父の存在を確認する旅になってしまいます。
男と自分が同じ父を持つ異母兄妹であることを悟った彼女は、自分が両親の愛を受けてこの世に生を受けたことを知って泣きますが、次の瞬間に彼女が選んだのは自分という存在を最初から消し去ってしまうことでした。
この展開はあまりにも唐突で悲し過ぎ、僕は画面を見ていて眩暈がしそうになりましたが、これは存在ということの限りない哀しさ、辛さを知っていた彼女にとって避けがたい選択だったのでしょう。
地下に網の目のように張り巡らされた異空間を走る地下鉄。そこには時空を超えていく隙間があるのかも知れません。
(無断での転載・引用はご遠慮ください)
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