拓海広志「『おもちゃ』に寄せて」

 この小説を読み進むにつれて各場面の様子が活き活きと目に浮かんでくるのは、深作欣二監督による映画『おもちゃ』(脚本:新藤兼人)を先に観てしまったせいもあるのでしょうが、それ以上に会話が多く小気味の良い新藤さんの文体によるのでしょう。


 『おもちゃ』は西陣の機織りの家に生まれた貧しい少女・時子が祇園置屋で厳しい修行を積み、やがて一人前の舞妓として花街にデビューするまでを描いた物語なのですが、小説も映画も共に京都の街の風情や人情の機微をよく描いています。


 登場人物の中でも置屋の女将・里江の心意気のよさには魅せられますが、時子の先輩にあたる照蝶、君龍、染丸の悲しい過去を乗り越えてきた強い個性にも惹かれます。


 そんな彼女たちに鍛えられた時子は少女から女へと成長し、やがて舞妓となります。そして、ついに水揚げの夜が訪れたとき、時子は自身の様々な思いも周囲の思惑や欲望も超越し、凛とした強さと深い美しさを湛えた女神のような存在に変化します。


 ラストシーンの美しさは小説よりも映画の方が勝っていると思うので、是非映画も観ていただきたいのですが、僕は健気な努力によって日々成長していく時子に深く感情移入し、魅せられました。


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