拓海広志「久高島にて」

 何年か前に沖縄県庁で離島の介護問題について考えるシンポジウムが催され(沖縄県立看護大学沖縄県の共催)、僕もパネル・ディスカッションのパネラーとしてそこに招いていただきました。


 昔から沖縄の離島は医師不足が悩みなのですが、看護師たちはそういう島々に長期滞在や定期訪問をして、保健衛生の問題解決に尽くしてきました。そんな歴史的背景があるからでしょうが、看護大学の先生方も実践的な行動派ばかりで、シンポジウムはとても素晴らしい内容のものとなりました。


 その後も同大の先生方と僕の交流は続いており、一昨年の旧正月には先生方と一緒に那覇市内の寿司屋で新年会を催し、翌日は一人の先生と一緒に知名崎から小船に乗って久高島に渡りました。その先生は久高島を自らの調査フィールドとしており、定期的に島に通っている方なのです。


 沖縄本島の近くに浮かぶ離島としては渡嘉敷、座間味、伊江、伊平屋、伊是名などが有名で、それぞれが印象的な個性を持っています。しかし、「信仰の島」として知られる久高は本島から目と鼻の先に浮かぶ小島なのに、本島では希薄になってきた沖縄らしさがこれらの島々よりも濃密に残っています。


 その日、島では村を挙げて旧正月を祝う神事「酌願の儀」(通称「酌取り」)が行われており、僕もそれに参加させていただきました。島の人たちと泡盛を酌み交わしながら三線の演奏に合わせて踊り、とても楽しい一時になりました。


 久高島を含む離島の多くは過疎化と高齢化の問題に直面していますが、身体が不自由になった高齢者が公的な介護サービスを受けようとすれば本島に行かざるをえないというのは、いろいろな意味で負担が小さくありません。


 こうした難しい問題について考えながら、日々の実践を行っているのが看護大学の先生方で、僕は久高島を案内してくださった先生のお話を伺いながら、触発されることが少なくありませんでした。


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