拓海広志「続・堕落論」

 もし「現在」というものに真っ向から対峙したいと思うのならば、僕たちにはたぶん健康な精神が必要になるだろう。


 でも、健康な精神とはいったい何なのか? 僕は、そこにデカダンスニヒリズムをはらみつつ、それらを克服してきた精神に対して健康さを感じることが多い。


 毒も薬も平然と飲み干した上で、それらを栄養に変えてしまえる強靭な消化力を持った精神の胃袋。たぶん、それが必要なのだ。


 かつて坂口安吾は何故あれほど声を大にして「堕落せよ!」と吠えたのか? それは安吾があの時代の健康な作家だったからだろう。


 優しく守られ、管理された世界で育まれた無菌培養の健康思想は、時としてある種の排他的なファシズムに結び付くことがある。だから世間を見渡すと、堕ちることのできない人たちの正義を装った不健康で偏狭な信念が他人を引きずり回していたりもする。


 僕たちはこうした偏狭さを乗り越え、「現在」と真っ直ぐ向き合うために、もう少し勇気を持って堕ちてみる必要があるのかも知れない。


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