拓海広志「旅の効能」

 僕は中学生のときに歴史学民族学に興味を持ち、史跡や寺社などを訪ねて近畿各地を旅するようになったのですが、高校生になるとその行動半径は拡がり、気がついたら20歳になるまでに日本の全都道府県を巡っていました。当時の旅は鉄道やバス、船を乗り継ぎ、自転車&徒歩、ヒッチハイク、あるいはカヤックを使う体力勝負のものでしたが、振り返ってみるととても楽しいものでした。その後僕はアジア、オセアニアの島々を皮切りに、世界の各地を旅するようになったのですが、そうした旅暮らしは今もなお続いています。もっとも、社会人になってからは仕事の出張の方が圧倒的に頻度が高く、今も月のうち3分の2以上はホテルで寝ていますが、こちらはちょっと勝手が違いますね(笑)。


 旅に出るということは、見慣れた自分の日常の風景から少し目をそらし、非日常の世界に入っていくことでしょう。しかし、そこで出会うのは他者の日常に過ぎません。でも、それを非日常の風景として眺めつつ体感することで、自分の日常が相対化されて新たな世界が拡がることがあります。たぶん、それが旅の効能の一つなのでしょう。そう考えると、あえて物理的な移動を伴う旅をしなくても、日々の暮らしの中で心の旅をすることも十分可能です。逆に物理的な移動を伴う旅をしていても、心が旅をしていなければ、こうした効能を得ることはできません。


 旅の素晴らしさを語り合いながら、友と酌み交わす酒の美味さ。それがあるから生きていることは素敵だし、また旅を続けようと僕は思います。でも、旅をしながら僕がいつも思うことは、自分が住んでいる街のことです。自分が普段暮らしている場所を愛し、その身近な自然や社会、人間関係を大切にしていなければ、たぶんどんな素敵な街、素晴らしい自然、あるいは興味深い人々と出会う旅からも得るものは少なく、自分の生活との響き合いは生じないでしょう。最近、僕はそのことを特に強く感じるようになっています。


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ヘルシンキの海。僕がよく泊まるホテルの前の船着場】



【西ジャワ・プラブハンラトゥの海でカヌーに乗る】


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