拓海広志「『スンダ・過ぎし日の夢』に寄せて」

 『スンダ・過ぎし日の夢』は、インドネシアを代表する作家アイプ・ロシディさんの短編小説集です。本書所収の『山羊』は1959年に発表された作品ですが、当時のインドネシアは独立してからまだ十数年しか経っておらず、ジャカルタもまだ現在のような大都会にはほど遠い状況でした。


 スカルノ大統領(当時)はインドネシアの統一を推進するにあたって「村落のモラル」をそのまま「国家のスローガン」に置き換えるという手法を取っていたのですが、そうした中で特に「ゴトン・ロヨン(相互扶助)」という言葉は非常に重視されていました。


 ところが、『山羊』の中には既に以下のような文章が見られます。こういう文章が当時のインドネシアで書かれていたことは注目に値するでしょう。


「村の社会においては、ゴトン・ロヨンとは他人にやらせて自分は懐手をしつつ結果だけを享受することのできる単なるスローガンではない。(中略)ゴトン・ロヨンとはお題目のごとく唱えたり、金言として有り難がるものではなく、行動し実践するものである」


「人々は専門技術を追い求め、その結果としてそれぞれの専門に応じた組織が作られる。更に不幸なことに、大都会の住民は大部分がホワイトカラーで、おしなべて知っているのはタイプで文章を作ったり、計算機を使ったり、数字を記録したり集計したりすることだけで、日常生活において直接必要とされる仕事にはまったく無知である」


「彼らの間には、単にゴトン・ロヨンを知り、行うという生活面での付き合いばかりでなく、仕事上だけの関係を超えた深い精神的な絆とも言うべき互いを必要とする親密な関係が結ばれている。(中略)このような関係は、それぞれ専門技術に基づくグループに分かれて暮らしている都市社会に求めてもしょせん無理である」


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スンダ・過ぎし日の夢 (アジアの現代文学 8 インドネシア)

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