拓海広志「『熊野山海民俗考』に寄せて」

 熊野の海、川、山、人、食に惹かれ、僕は学生時代から今日に至るまでの間に数え切れぬほどの回数、紀伊半島の各地を訪ねてきました。そんな僕がイチオシの熊野本です。


 「死者の国」として知られる熊野を日常の生活の場としてきた住民たちの自然観や、それに基づく信仰のあり方をその環境との関係性の中で捉え直すべく、野本寛一氏は『熊野山海民俗考』において熊野の人々の詳細なライフヒストリーを綴っています。


 野本氏は「人と環境との関わりを見つめるということは概括的・観念的な自然認識や環境認識を否定することである」と言明し、「熊野は古来、外から来たる者をひきつける強力な吸引力の主体であった」ことを認める一方で、「熊野から外に向かって発信された信仰(註:吉野・熊野の修験道や熊野信仰のこと)は、その成立基盤・基層は別として、熊野の庶民とは隔たりを持ったもので、中央的、集団宗教的なものであった」と語っています。


 これはとても重要な指摘で、熊野に付随する「黄泉国」「常世国」といった「辺境の聖地」的イメージもまた、中央の政権を担う人々によって政治的な思惑をはらみながら付与されたものであることを見落としてはならないと思います。


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 拓海広志『天皇と熊野(1)』


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